青森県の農産物といえばリンゴやニンニクを思い浮かべる人が多いと思う。しかし、その他にもおいしい果物や野菜が数多く存在していて、農家の方々は名産だろうがそうじゃなかろうが、ひたむきに愛を注いでいる。黒石市でアスパラガス（以下アスパラ）を栽培する「アスパラファーム黒石」の鹿倉秀太さんもそのひとり。青森県内では珍しいアスパラの専門農家で、地元の料理人からも評価の高いアスパラを育てている。　福岡県に生まれ、以前は東京でシステムエンジニアをしていた鹿倉さん。心に変化が生まれたのは結婚して家族が増えてからだ。電車で通勤して毎日バリバリ働くという都会の日常が、子育てをするには窮屈だと感じはじめる。加えてその頃、仕事で産直ECの運営に携わっていた関係から、全国各地から取り寄せて食べていた農家こだわりの野菜に感動した。「スーパーで買うより全然うまいんですよ。こんなにおいしい野菜がつくれたら楽しいだろうと思ったし、都内での子育てに限界を感じていたので『農家になりたい』と考え始めました。どうせやるなら好きなアスパラがいいと決めていました」。農家への転身に戸惑った家族をなんとか説得し、北海道のアスパラ農家の元で１年の修行を経て、2021年に奥さんの故郷である黒石市で就農した。

「ベタですけど脂との相性が良い野菜なので、肉で巻いて食べるのが一番好きです」と鹿倉さん。立茎栽培では６月ごろから夏アスパラが芽を出しはじめる。味が濃いのは春アスパラだが、夏アスパラはあっさりとした味わい。

アスパラを育てるために青森へ移住

黒石市街地から少し外れた場所に鹿倉さんの畑はある。50メートルのビニールハウス6棟という面積は、１人で管理できる精一杯の広さなんだとか。畑を訪れたのは収穫期真っ只中の時期で、畝からはアスパラがにょきりと背を伸ばしていた。実はアスパラ、定植から収穫まで時間を要する作物。土の中では大きな株が根を広げていて、我々が食べているのは若芽の部分。太いアスパラになるには株の成長が不可欠で、若芽が光合成をして土の中に養分を送り込む。株を大きくするために苗を植えてから１〜2年目は手入れ程度にしか収穫できず、本格的に採れるようになるのは３年目からで、向こう10年にわたって同じペースで採れ続ける。　４月上旬〜５月上旬の収穫期になると、アスパラは一日で10センチ前後も伸びるようになるので、収穫は毎日続く。そして他の野菜に比べると呼吸量が多いため、鮮度が味に与える影響は大きい。鹿倉さんは鮮度を保ったまま食べてほしいという思いから、飲食店や販売店に朝採れのアスパラを届けている。朝は収穫、昼から午後にかけて配達という怒涛の1ヶ月間だ。「収穫もずっと中腰で辛いけど、育ててて良かったと思えるのは今の時期です。修行時代に身についた収穫スピードのおかげで生まれた時間を、販路拡大に費やせていると思う」。そう言いながら鹿倉さんは一瞬だけ板についた姿勢になり、鎌で刈り取ったアスパラを手渡してくれた。かじりつくと瑞々しい甘さが溢れ、生なのに嫌なエグミを感じない。畑で採れたてを頂く贅沢な瞬間だ。

土づくりは堆肥の比率を考えながらミネラル分のバランスを重視し、不足分はこまめに行う葉面散布で補う。また、プログラミングの技術を活かして計測した土壌成分の分析結果も栽培に役立てている。

やることが多いアスパラ栽培

収穫が終わってもアスパラ農家の１年は終わらない。土壌の成分を見極めながら追肥で土を柔らかく保ち、株があるために耕せない土をバーナーで焼いて消毒、その他にもビニールハウスの管理など様々な作業は10ヶ月近くに及ぶ。中でも大事なのが収穫後に控えている「立茎」という作業。読んで字のごとく、若芽を収穫することなく茎を立てるのだが、ただ伸ばせばいいというわけではない。土中の株に効率よく栄養を蓄えさせるために伸ばしたい親株だけ残す、リンゴでいう剪定のようなもの。土の中に張り巡らされた見えない株と根を想像して茎を切る、立茎の良し悪しが今後の出来を左右するのだ。「師匠は立茎もスピーディーでした。いざ、自分でやってみると『あの時に聞いておけば良かった』と少し後悔することもありますね。とにかく今はいっぱい失敗して経験を積むことが大切なのかな」と鹿倉さんは語る。　４年目を迎え、ようやく本格化してきた農家という生き方。就農に反対だった奥さんも今や最大の協力者になり、当初はネット販売をメインに考えていた鹿倉さんの考えも地元第一に変化した。「味の濃さと食味を追求するのはもちろんですが、全国にうまいアスパラがある中で選んでもらうキーが『青森』だと思います。『青森の居酒屋で食べたアスパラうまかったな』とか、うちのアスパラが思い出になってくれたら嬉しい。そのために僕も鰺ヶ沢の長谷川自然牧場さんの堆肥を使うなど、積極的に地産地消をしながら育てて、地のものを食べる価値を伝えたいです」　今後は作付面積を増やし、アスパラ農家一筋で生活することが目標だという鹿倉さん。今年からは飲食店の要望でホワイトアスパラの栽培も始めるなど、その味はゆっくりと地元に根づき始めている。

イタリアンでよく使われるホワイトアスパラは、遮光シートで日光を遮って育てる。この辺りでホワイトアスパラをつくる人は少数で、グリーンアスパラに比べて青臭さが少ないのが特徴だ。